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大都市に土地を所有することが不動産投資的な価値

2016年10月6日「木曜日」更新の日記

2016-10-06の日記のIMAGE
出てしまう土の処理が頭を悩ませる。思い切って庭に小さな山を作ってしまうかなんて苦肉の策を考えてみたり、どのみち、屋上に庭園を作るのだから、そこに盛る土を山盛りにしたらどうかなんて、我ながら大胆だ。今や、どんな建設工事にも大量のゴミがつきもので、それは都市が排出するゴミの大半を占めている。わたしの家だって、土を含めて、あんまりゴミを出さないように工夫しなければならぬのは当然の義務でもある。地上部分も含むと世田谷村の延べ床面積は六二〇平方メートルほどになるから、その三分の一が地中に潜っている計算になる。先月植木屋を入れた。これが世田谷村建設の第一歩だ。つきあいの長い植木屋で何もかも一人で黙黙とやってのける。好みの職人だ。一週間ほど働いてくれて支払ったお金が二一万円。主に地下部分を掘る地面に在った樹木を移す作業だった。南に空地があるので、樹木はそこに移した。この土地には井戸がある。しばらく使用してはいないが、鋳鉄製の手こぎポンプも健在だ。この井戸は大事だ。決して殺してはならない。阪神・淡路大震災の教えをひくまでもなく、現代の都市はひどくもろい。大きな地震がくれば電気、ガス、電話そして水といったインフラストラクチャーは壊滅状態になってしまう。そのことを今では誰もが知っている。大震災の後、給水車の水の配給に長い長い行列が出現したことは記憶に新しい。そして必ず災害はやってくる。だからこそ、この井戸は守らなければならない。地下七メートルくらいの所に地下水の層があるらしく、それを汲み上げるための井戸だ。故郷に家があって、そこには昔、昔と言ってもたかだか四〇年ほど前には井戸があった。家の外にではなく中にあった。家の中には広い土間があった。そんなに明るくはなかったけれど暗くもなく、天窓からほのかに光が差し込んでいたような記憶がある。いささかの農機具が置かれていて、そんな中に井戸のポンプもたしかにあった。それに土間の外れには二、三段の石段があって風呂場もあった。風呂は五右衛門風呂で焚口からまきを放り込んで直接鉄のカマを熱した。井戸は上からのぞき込めるようになっていた。畑で莨ってきたぱかりの西瓜を縄で結えて井戸におろし冷やしていた。井戸は生活の中心でもあったのだ。水が生活の中心にキチンと据えられていた。今の時代の生活の中心に井戸を持ち込もうなんて考えたわけではない。少しばかりの錯誤があるのは自覚しているが、時代錯誤は避けているつもりだ。「世田谷村」計画の東のスペースには井戸を生かす。井戸を生かすために井戸の周囲に土間も残す。土間はキチンと三和土で固めて色んな作業ができるようにする。なにしろ四〇六平方メートルと少しばかりの土地だけれども、世田谷村にはできる限りの菜園を作るつもりなのだ。屋上、二階分のひさし、そして庭の大半を菜園にする。エネルギーファームなんて言挙げはできないにしても、屋上の風力発電や太陽光発電、そして井戸水の揚水を併用して出来るだけの食用植物の栽培を試みようとしている。それには土間がどうしても必要だ。都市の只中に土地付きの一戸建を建てる前向きな理由を発見することは難しい。豊かな自然がそこにあるわけではない。誰もが申し訳程度の箱庭を持っていて、その庭は住み手にはっきりとした益を与えているものではない。庭の役割がどうしてもわかりにくいものになっているのだ。経済的な役得、つまり大都市に土地を所有することが不動産投資的な価値を産むこと以外の意味が発見されていない。わたしだって、キチソと発見したわけではない。

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