トップ > 平成29年2月> 9日

残業代出るんですか?

2017年2月9日「木曜日」更新の日記

2017-02-09の日記のIMAGE
ある大規模マンションは、1990年代の終わりの竣工。総戸数が500近くあるので「コンシェルジュ」を他に先駆けて採用したマンションでもある。コンシェルジュとして勤務していたのは40代の女性。マンションに歩いて通える場所に住んでいる藤田だ。藤田が夕方、敷地内で泣いている女の子を見つけた。小学校の低学年くらいで、聞けば小学2年生だという。お姉ちゃんとバレエ教室に行こうとしたのだが、はぐれてしまい、どうやらお姉さんは一人で教室に行ってしまったらしい。「あらあら、それは困っちゃったわね」エントランスのソファでジュースを飲ませ、お話をしていると、6時半くらいにお姉ちゃんが帰ってきたので、一緒に帰って行った。コンシェルジュの勤務時間は、本当は午後4時まで。2時間半の延長だった。翌日、姉妹の母親がデスクに来て、丁重にお詫びしてくれた。「業務時間は午前10時から午後4時」と書いてあるので、勤務時間外で面倒を見たのは明らか。そのお礼にと母親は封筒を差し出した。「ほんの気持ちですが、どうぞ受け取ってください」手紙が入っているような厚みの封筒なので、何が入っているのかはおおよそ察しがついた。もちろん、藤田は受け取ることができない。丁寧にお断りした。「みなさんに気持ちよく生活していただくのが私の仕事ですから」「でも、勤務時間外だとお給料が出ないでしよ」私も仕事を持っていますから、その辺の事情は分かります、と母親。だから、受け取ってもらえないと、私の気が済まないと言う。「それがですね、実は、ちゃんと残業手当が付くんです。ですから、どうぞご心配なく」藤田はにっこり笑った。「あら」と母親。いい職場なんですねと感心していた。この話には、後日談がある。そのときの妹が小学校を卒業するとき、卒業式で「私が感謝する人」を発表することになった。順番に「尊敬する人」の名前が挙げられてゆく。お父さん、お母さん、先生……その子は「マンションのコンシェさん」と大きな声で言った。「コンシェさんつて、何?」ざわめきが小さく起こったが、母親は「コンシェルジユの藤田さんのことだ」とはっきり分かった。そのことを藤田に話すと、「その気持ちが何よりうれしい」。だから、やめられないんですよね、と藤田は目頭をぬぐいながら笑った。

このページの先頭へ