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お偉い先生にもひどい人がいる

2017年2月28日「火曜日」更新の日記

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 借家紛争について、実際にあった話です。これは数年も前、有名週刊誌に出た事件ですが、国会議員の先生が、自分の借りている家の明渡し事件で実に自分勝手な振るまいをされたのです。そのあら筋は、つぎのようになっています。  場所が東京の世田谷・成城ですから(土地も家屋も超高値)、事は余計に大きくなります。地方出身の国会議員・Aさんはここに木造平1.建ての約六〇坪の家を借り東京での拠点にしていました。少しややこしいのですが、「家主さんはMさんIしかし地主さんは土地の近くのお寺さんです。Mさんの父親がその昔(戦後)、永代供養料を納めて借地(権)を手に入れそこに本宅と離れを建てたのです。そして昭和三六年、A議員(当時は落選中)がその本宅を借りた のが事件の発端です。  借りたときの状況-A議員はMさんに「家を新築中だから一年だけ貸して欲しい」と頼み こみ、昭和三六年六月~三七年五月までの賃貸借契約書を取り交わしたものの、期限切れでも引っ越しません。そこでMさんは「三七年一一月には明け渡してくれ」という内容証明郵便を出したわけですが、A議員は知らん顔。そして三八年の正月年始のあいさつで「実は家は建て ていない。行くところもないから、何とか面倒を見てくれ」と頭を下げたのです。  昭和三八年(A議員当選後)の大晦日、家主のMさんはとっくに借家期限が切れていることをA議員に知らせ引越しを要求したのですが「こんな年末になってから引越しなどできない。 何をいっている」といった状況だったようです。  それ以来、このもめごとは、なんと二〇年近く続いたのです。その間の事情をA議員側のK弁護士はつぎのように語っています。  「昭和三七年に内容証明で明渡しを要求されたあと、第二回の内容証明は昭和五五年に来ました。その間、家賃はそのまま受け取っているし、他に明渡しについてのMさん側からの法的手段などの意思表示はありません。つまり、何のトラブルもない家主と借家人の関係であったことは明らかです。それに、A先生はここを生活の本拠とされ、立退きを拒否する正当事由があるのです」。  実に木で鼻をくくった弁明にも思えるのですが、法律の世界ではこれが通用するのです。 他の箇所でも述べますが、家主はどんなときでもこまめで懸命の努力が必要です。この事例、Mさんにも落ち度はあると思います。しかし、そんなことで二〇年も居座ったA議員の無神経さには、より以上のズルさを覚えています。どうでしょうか。

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