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『玄関』

2017年8月7日「月曜日」更新の日記

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本来、玄関というものは仏教で玄妙な道にはいるべき関門という意味で、禅寺の門とか本堂の昇降口が玄関であったのです。はじめは突き出た短い廊下で瓦敷き、それがだんだん立派になり、伊達政宗が再興した松島の瑞厳寺(斎太郎節で有名な)にその代表的な遺構があります。又玄関にも表玄関と内玄関とがあり、来客や主人と家族は区別して出入りする格式がありました。しかも江戸時代には玄関を造れるのは武家だけに許され、町家には禁じられていたというのですから、玄関こそ封建時代の身分や格式のシンボルであったといえます。 つまり、主人以外の家族は、玄関を使うことができずに、勝手口を使っていました。『「上棟式」起源』家を建てるには、竣工までにいろいろな儀礼があります。新築した家に禍いなく幸あれと祈る上棟式もそのひとつ。今から九〇〇年前に宮中で行われたのが最初で、以後一般庶民の間で普及したのは江戸時代(一六〇〇年)になってからのこと。正式な儀式は神職が行い、たいへんな準備が必要です。例えば棟木を棟に曳きあげる曳綱の儀、棟木を棟に打ち固める槌打の儀、更に餅や銭をまいて災害を除く散瓶銭の儀などは上棟祭に欠かせない行事でしたが、今ではほとんど見られません。現在は実際に棟木を上げた後、その棟木の下に宴席を設け、祝い、上棟の行事も単に棟木を仰いで切麻、白紙、酒、米などをまき、供えたりする程度です。農村では今でも五色に色どられた棒、幣串(へいぐし)が立っていたり、弓矢が飾られているときがあります。幣串というのは神前に布や絹布を奉納するのに串にさして供えたことからはじまり、古くから金銀あるいは白色、五色などの紙をはさんで供えた棒のことで御幣(ごへい)とも言います。年寄りの話しの中に「あの人は御幣かつぎで…」とあるのは神がかった人という意味で、神前に供えてある御幣をかつぎ出し、何でも神意だと信じさせる人のことを言ったものです。弓矢は「天の弓矢」「地の弓矢」です。天の弓矢は東北(鬼門)の方向の天をさし、地の弓矢は西南(裏鬼門)の方向の地をさしています。ともに破魔弓、破魔矢として万物の邪気をはらう役目をしています。しかしこの破魔も元来は(マと呼ぶ神占いで使っていた弓矢が語源とか。もともとあて字であった「破魔」が人気を得て、破魔弓、破魔矢は正月の縁起ものとなり欠かせないものになりました。昔は大工の親方を棟梁、鳶の親方を頭と呼んで上棟式の立役者でした。たまには古い言葉に耳を傾けたいものです。

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